私はとても人見知りのする赤ちゃんだったと母から聞いている。
父も母も家庭の愛情に飢えた生い立ちだったので、温かい家庭にしようと思ったらしく、
家族はとても仲良く、何でも話せる家庭だった。
私に第一時反抗期はなかった。
少し大きくなると、自分のこともお手伝いもする、大人から見ると聞き分けのいい、
とてもいい子になった。

幼稚園の頃から小学校低学年まで母に殺される夢を何度となく見た。いつも同じ夢だ。
毒の注射を私にするよう、お医者さんに母が頼むのだ。
お医者さんが「本当にいいんですね」と言うと、
母は「いいから早くやっちゃってください」と言うのだ。
これは、私が、母の愛情に飢えていたからではない、と私は思っている。
私は母のことが好きすぎて、見放されるのが怖かったのだ。

小学一年の時、友達に仲間はずれにされて大泣きしたことが、一番最初のショックな記憶だ。
私は家へ帰ってわんわん泣いた。
その頃からモノの感じ方がとても強い子だったと思う。
でも、私は明るくいつも笑っている子供だった。
小学生の時は目立つ子供だった。
勉強も運動もできる、学級委員もする、リーダー的な存在だった。
私の周りには友達が絶えなかった。男の子の友達もたくさんいた。
いじめ、ほんのささいないじめだったけど、それは小学5年生のころから始まった。
私は毎日家に帰っては、母に泣きながら今日あった辛いことを話した。
初めて死にたいと思ったのは、この頃だったと思う。





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