二年前、ひどい鬱状態ではなかったのだが、無気力を治したくて、
病院の友達の進めで入院した。開放病棟だった。
通院していた頃から病棟へはちょくちょく顔を出していたので、
雰囲気のいいのも知っていたし、安心して入院できた。
私は大きな荷物を抱え、一人で入院した。
入院したと同時に、私はひどい鬱状態になった。
慣れない環境のせいだったのだろうか。
抗鬱剤も量がとても増え(アナフラニール)、
副作用で尿が全くでなくなってしまった。
しばらくは管で出していたのだが、身体が慣れると自然と出るようになった。
尿が出なくなったときは、とても怖くなって、
友達(入院患者さん)にたくさん相談した。
病院の食事はとても美味しかった。
回診は毎日で、入院したと同時に変わった私の主治医は、
最初の頃は個室でゆっくり話しを聞いてくれた。
1ヶ月もすると私の鬱状態は霧の晴れたようになくなった。
それどころか元気になりすぎてしまい、問題行動に走った。
入院していながら援助交際まがいなこと。
これではいけない、と、すぐ主治医に相談した。
そうすると、すぐ、衝動制を抑えるテグレトールというお薬が処方された。
1日三回毎食後、一錠ずつ。
しかし、テグレトールの副作用で私はめまいと吐き気で
ベットから起きられなくなってしまった。
辛さをいくら訴えても身体が慣れるまで1ヶ月みよう、
と減らしてもらえなかったので、
私は勝手に減らしていた。それがバレ、
とうとう看護婦さんの前で飲まされることとなった。

看護婦さんは大方いい人ばかりだった。中にはくせのある人もいたけど。
眠前薬は夜の九時ちょっと前にナースステーションに行って、
まわるいテーブルに腰掛け、
看護婦さんや他の患者さんとおしゃべりしながら飲むのだ。

病棟では毎日レクレーションがあった。
輪投げ、卓球、紅葉の葉で葉書作り。どれも調子のいい時は参加した。
午後はレクレーションはなかったので、
長いくたびれたソファーに座ってみんなでおしゃべりをしたりした。
一応扉はあるものの、出入りは基本的に自由だったので、
みんなでカラオケに行ったり、デニーズに行ったり、
お散歩に行ったりした。私は近くのドラッグストアで化粧品の物色。
買ったマニキュアを病室のおばさん達と塗ったりした。
思えば優雅な入院生活だった。
同じ病室の人が毎朝、朝の弱い私に
「〇〇ちゃん朝ご飯ですよ〜」と声をかけてくれた。
彼女とは今も交流がある。
看護学生の実習では、一緒にハイキングにも行った。
夜はロビーでみんなで眠れない
といいながらタバコを吸った。
私の退院の時期が遅れたのは、退院後、どうするかを色々考えていたからだ。
私は本当は東京に残って、作業所に通いたかった。
でも有名な作業所はどこも空きまちで、結局地元に帰ることになった。
そのとき、ばたばたと退院ラッシュだったので、その波に乗って。
私の住んでいる地域では作業所もデイケアサービスも整っておらず、
私は方向も決まらぬまま退院することとなった。

結局四ヶ月の入院だった。




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